東京都を代表するパワースポット明治神宮は2010年で創建90年を迎える
初詣参拝の日本一記録を持つ東京随一のパワースポット「明治神宮」から新年を迎えることにした。境内では明治神宮鎮座90年記念展が開催されており宝物展示室が一般公開されておりました。
宝物殿にも寄りたかったのですが初詣客が多く、今回はやめておく事にしました。
上の写真、翻訳パンフレットが在るように外国から訪れてくる方も多く、この日も数えなくても100名以上の外国人が訪れており、現代の東京の観光名所を代表する、秋葉原、銀座、そしてここには原宿があり、鎮座当初、全国から植樹する木を奉納したいと献木が集まり、北は樺太(サハリン)から台湾まで、日本だけではなく満州(中国東北部)朝鮮からも届き、全部で11万人に及ぶ植林が行われたとされているだけに、近代的な都市の中心部に広がる壮大な杜に惹かれ、足が向いてしまうのも分るような気がします。
シャッターを切る毎に、不思議と収められる光景に、さまざまなことを考えさせられます。縄にかかる紙垂(しで)がひとつだけいつまでも光を放っていたり、鳥居を写すと幾つものオウブが現れたり、または木の幹からいろいろな様子が想像できたりしてスピリチュアルなスポットとして幾重にも重なるスピリチュアル的な要素が含まれております。
私は境内の東の門から出口へと繋がる歩道を人の波とは別の方向に足を向けました。人の声が次第に遠のき風を仰いだ木々の音と、自分の足音だけの静寂な別の世界へと一歩ずつ入ってきたよう気がしました。シャッターをきり続けながら歩いていると、ある場所で一瞬、身体に電気の走ったような、例えるならアキレス腱を鉄パイプで打ったような金属的な感覚が腕から伝わってきました。ここが境界ならば裏側、光あるところには必ず影があります。光やパワーが強く発するパワースポットとてそれは例外にないと思います。
影とは闇、夜はというと、わらべ歌の「通りゃんせ」にもいろいろな説がありますが、その他に午後3時過ぎに神社へ行くのは止めたほうがいいなど、昔の人はよく謂います。
それは交通手段が徒歩しかなく、その時刻にお宮参りに向かうと夜になるから・・・そのような意味でありますが、では、なぜ夜になるとだめなのか・・・などなど、いろいろ考えさせられます。
第二鳥居を撮り収めた写真では、菊御紋の周りを囲む光が無数に写っておりました。それらは行きも帰りも写っていたのです。
菊御紋を囲むもの、放出またはインストールされて行くかのようにスパイラルされている感じが見えるでしょうか?
前回、ここに来たのは午後4時過ぎ、そこで散策していたとき突然起こった木枝の落下など不思議な現象も起こっております。(下記、STAFFレポート参照)
淡い白色の透明感のある光のカーテンが私をそっと包み、その光のカーテンから、一筋の薄いエメラルドグリーンの光が私のハートを直撃しました。
その瞬間、遠い過去をさかのぼるように私の目の前に映画のように歴史のストーリーが映しだされました。
見えてきたのは明治天皇のお姿です。天皇は皇后とともに花道をゆっくり歩いていきます。二人が通る度、国民の甲高い歓声があがり全ての国民が天皇両陛を祝福していました。
明治天皇は国民から愛された人物だったそうです。明治天皇が愛された后は、生涯明治天皇を愛されました。
天皇の強い波動の中に、とても穏やかな波動を感じたのは、彼の奥様がいたからでしょう。天皇を側でそっと温かく見守っているような感じを受けました。
明治天皇皇后からのお言葉
「あるがままでいること、これが平穏でありお互いに思い相思相愛仲良くすることこれに勝るものなし。
安らぎというものは存在するものではなく、始めるものである。
安らぎを二人で築き、それを保つ努力が必要なのです。
安らぎを二人で感じることができるとそれは心のふれあいに変わり、そしてそれが信頼へと繋がり、強い絆でお互いが結ばれるのです。」
好きというのは感情です。しかし、愛とは心のコミュニケーションです。愛というものはもらうものではなく与えるだけのものです。
どちらか見返りを求めて愛を語るなら、それはただのエゴです二人の愛を築くなら、お互いの信頼が必要です。
明治天皇両陛下は、お互いが純粋に信頼しあうためには互いへの理解と思いやりが必要だとおっしゃっていました。
あるがままでいるということは、お互いが素直に心を開いてはじめていられる状態です。
人はあるがままになることを恐れるがあまり、相手から何かを奪おうとしたり、相手をコントロールしようとするのかもしれません。
自分のあるがままを認め、お互いのあるがままを認められた時、はじめてそこに真の愛ある関係が築けるのだと思います。
結婚は美化される対象ですが、結婚をした時から忍耐がはじまります。お互いの忍耐と思いやりが、互いの信頼に繋がり強い絆で結ばれるのだと思いました。
言葉が少なくても、お互いをご理解され信頼されているそのお姿に、心が打たれた一日でした。
この日は、午後3時に待ち合わせをして境内に入った訳ですが、遊歩道を散策いたしました。途中、立ちどまり何度かチャネリングを始めておりましたが林中の道を挟んで左側に視線を感じてたみたいでよくよく調べてみると女性スタッフが前世で巫女時代の同僚が「覚えていますか?」など声を掛けてきたそうです。。。それからも「ここで写真撮って下さい、でもヤバイかも・・・」と言われ、撮ったのですがその直後、10m以上ある木々の上から2m以上ある枝が折れて凄い音を立てて落ちてきました。 「うんん・・やっぱり撮ってはダメみたいでした、消去して置いて下さい。」と言われさっそくファイル消去。。。 境内を出たのは午後五時、その頃はもう日も暮れておりました。