その願いは、だれの望みなのか。

その願いは、だれの望みなのか。

もし、あなたに死が訪れる瞬間に

常世に残してしまう最愛の人に対して

最後に残す言葉があるとすれば

どんな言葉になりますか?

 

自分が愛していたことを伝える必要があり

自分の気持ちを伝えて情念を残す言葉

「愛しています。」

 

もう一つ

 

互いに最愛の人であり、その人を残し先に行ってしまう

たぶん両方が同じ想いであると確信しているはずの人に対しては

「ごめんね。」

 

でしょうか?

 

これに正解はありません。

本質を視ると後者ですが「愛しています。」も本心であり、

 

もとても素敵な言葉です。

 

それも縁あってのことなのですけど・・・

 

 

さて縁バランサー・カードでよく頂く質問に

 

「付属のお札について、一緒に入れる用紙は

数枚入れてても効果は有りますか?」

 

「カードがなくなったら白い紙なら何でもと記載ありますが、

何度でもお願いして大丈夫ですか?」

 

「願い事が沢山あるので同時に入れて

叶ったものから捨てる方法でいいですか?」

 

皆さん願い事がいっぱいあるようですが、まず聞いてください。

 

本来、神様に自分の願い事を叶えて欲しい。というのは、

神様に「こうしてくれ」と指示することにあたります。

要は目上の方に命令するようなものです。

 

ですので、「お願い、お願い、叶えて、叶えて」というスタンス

please please me で直訳すると

「私を喜ばせてよ!」

ですから、

お願いの大前提に「私」を満たすという、

己が中心になっているのにお気づきでしょうか?

 

普通、神社で御守りとか祈願というのは

「家内安全」「無病息災」「身体健全」「當病平癒」「安産祈願」「出産安全」など

にあたります。

 

 

「お願いがあって、叶えて欲しいことがあるんだけどー、神様叶えて」

こんな無礼な奴が、玄関で「ピンポーン」鳴らして居たら、あなたはどうしますか?

 

ただ、

どんな無礼な奴でも神様は許すでしょう。

 

「この無礼者!神様がお怒りです」

そんなこと絶対ありません。

そんなこと言う能力者は憑依されているか嘘つきです。

 

「許す」と「教える」がお務めの神様ですから。

 

寛容な神様と繋がるときは、

自分もその寛容さを見習うための儀や作法を通し

穏やかな気持ちを心掛けなくてはなりません。

 

だから、まず

どこそこの誰であるのか、自分の事を知って頂く

「私は東京都中央区八丁堀二丁目(せめて何丁目は)に住む、ヤマダタロウです」

そして、願い事はそっーと「偲ばせておく」というのが、

一番正しい祈願方法だと思います。

 

あとはその祈願に向けた、

取り組みや行いであり、それが伴っていないと、本当に叶えていい願いなのか?

神様だって分らなくなります。

 

だから、まず一番思うこと一つでいいのかと思います。

 

そして、

「おお、八丁堀のタロウくんな、んん?どれどれ」

「ほうほう、がんばっとるな」

 

神様にもネットワークがあるので、

自分が専門外の事でも

陰暦10月に出雲国で、要は

縁結びのサミットがあり

そこで結婚も含む縁組が行われ、

良縁とされる新しい「縁結」も行われます。

今一番叶えたいこと、大切にしている想いが最優先されます。

 

ただ

 

気づかないだけで、

もうすでに結ばれる予定の「縁」もあるのです。

 

パズルのように繋がっていくものだったり

「そうか、こうだったんだ!」という方程式のようなものが見えてきます。

だから一つでいいんです。

 

信じる神様にはすべてお見通しであり、その願いは通じるかと思います。

縁バランサー・カードを見縊らないで頂ければ宜しいかと存じます。

伊達に「縁」バランサーと名付けている訳ではございません。

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